エカテリーナ宮殿 (観光情報) (観光情報) | ロシア観光 VELTRA(ベルトラ)
エカテリーナ宮殿は、サンクトペテルブルクの中心部、南東25kmの郊外の避暑地ブーシキン市(ツァールセコエ・セロー)に存在するロシア帝国時代のロココ調の宮殿です。イタリアの建築家ラストレッリによって建てられた女帝エカテリーナ二世の夏の離宮です。全長325mに渡るファサートの装飾は見事であり、それ以上に長く見えます。また、大黒屋光太夫がエカテリーナ二世に謁見した場所でもあります。宮殿の周辺では、緑豊かな庭園に囲まれて、色鮮やかな建物はさながらテーマパークようにワクワクさせてくれます。
歴史
宮殿の名前は、ピュートル大帝の妃でもあった、第2代ロシア皇帝エカテリーナ1世(在位:1725年~1727年)に由来します。エカテリーナがドイツ人ヨハン・フリードリヒBraunsteinwoを雇い夏の離宮として、1717年に作らせたのが最初です。その後は第4代ロシア皇帝アンナ(在位:1730年~1740年)がロシア人の建築家に命じ増築させます。第6代ロシア皇帝エリザヴェータ(在位:1741年~1762年)は母のエカテリーナが建築は時代遅れで不便であると、抜根的に改築を決定します。そして、壮麗、壮大なロココ調の建築に入れ替えるよう、既に冬の宮殿建設に関わっている宮廷付き建築家バルトロメオ・ラストレッリに命じます。建設は1752年5月から4年の歳月をついやして1756年7月30日に全長325m、現行規模の宮殿が完成です。

見どころ
エカテリーナ宮殿の見所と言えば、琥珀の間が有名です。エカテリーナ2世によって1770年に完成された琥珀の間は、祝典応接室として使われていました。エカテリーナが特にこの部屋が気に入り、自ら許す者以外は入室禁止にして禁断の部屋になりました。琥珀の間は、残念ながら第二次世界大戦の時に、ドイツ軍によって持ち去れられて破壊されました。1979年から始まった復元作業が終わり、2003年5月に完全に復元されました。琥珀の間以外でも、壁から柱まで彫刻の贅を尽くしかたです。階段を挟んで一対のキューピットの彫刻。東に向いているキューピット、西に向いているキューピットが置かれています。エカテリーナ宮殿の大広間。またの名は鏡の間と言われていますが、この部屋で、日本とロシアが交渉された場所でもあります。また、漂流した大黒屋光太夫が帰国願いをする為に謁見した場所です。また、入場する時は、スリッパを履いて宮殿内に入ります。これは、床を汚さないようにする為でもあります。
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