1945年8月6日に相生橋を目印として、原子爆弾が投下されましたが、爆心地はこの橋から約130mしか離れていなかったにもかかわらず橋が落ちることはありませんでした。投下された時に、偶然この辺りにいた方々は多数が即死することになりました。戦後、補修しながらも長く利用され、1948年に原爆記念保存物に指定され観光利用されることになりました。橋の老朽化に伴い架け替えされることになり、1992年に再開通しました。
2013年から灯ろうに使っている色紙の中の白色は、原爆の子の像に手向けられた折り鶴を再生して使われています。毎年8月6日の早朝から受付が開始されます。主催者が流灯船から流してくれますが、自分で流したい場合には自分から流すこともできます。(1個600円) 自分で流す場合には混雑するようですので、時間に余裕を持って行ってください。また、その場合は足元が滑りやすいので、お気をつけください。また、宮島に行きたい方には、この橋の近くから遊覧船が出ています。