二条城は1603年に徳川家康が造営し、3代家光の時代になると伏見城の遺構を移すなどして増築を行い発展を遂げていきました。その壮大なスケールには見応えがあり、東西約500メートル、南北約400メートルにお堀があります。また歴史的に有名なのが1867年に15代慶喜が大政奉還を決め、新しい時代の幕開けとなった場所でもあります。現在残されている二の丸御殿は6棟から構成されており、武家風書院造がとても印象的です。そして、二条城の中でも屈指の見応えがあるのが特別名勝にも指定がされている二の丸庭園です。
歴史
はっきりとした始まりはわかってはいませんが、家康の時代に二条城が造営された時にはその作庭がはじまり、小堀遠州の指示のもとに今見るような二の丸庭園が完成したと考えられています。そして1626年の家光の時代には御水尾天皇行幸のために一部改修を加えられたと考えられています。もともと城郭としてではなく幕府の住居として建てられたものであり、それは京都御所に対する幕府の力を示すためでもあったと考えられています。
見どころ
書院造庭園である二の丸庭園は、大小様々の石を配置し神泉蓬莱の世界を表しています。二条城がつくられる過程の中で、行幸御殿、中宮御殿、長局等に取り囲まれた中庭的な庭園としてつくられ様々な角度から二の丸庭園を楽しめるように工夫が施され、兵法の八種の陣立てに因んで別名「八陣の庭」とも呼ばれています。池には蓬莱島など3つの中島や、島にかけられた石橋や滝そしてなんといっても豪快にたつ蘇鉄の植栽もまたインパクトのある光景を作り出しています。