旧開智学校へは車であれば長野道松本ICから15分ほど、徒歩であれば松本駅から25分、松本城からは北へ10分ほどの距離です。国の重要文化財の一つで、明治時代初期の洋風校舎です。この学校は文明開化時代の小学校の建築を代表する建物としてよく知られています。木造で、構造は桟瓦葺と寄棟2階建土蔵造りになっています。中央に東西南北の風見がある八角塔が高く立っており、それぞれの窓に舶来のギヤマンを取り付けてあるのが特徴です。
歴史
旧開智学校は明治6年に筑摩県学を改めて学制による小学校として開校しました。当時は第二大学区第一番小学開智学校という名前でした。現在残されている校舎は明治9年の4月に棟梁の立石清重によって、工事費約1万1千円をかけて建造されました。この工事費の約7割ほどは松本町民の寄附によるものでした。そして国の重要文化財となったのは昭和36年のことで、90年間使われていた校舎は女鳥羽川畔にありましたが、昭和38年から39年にかけて解体され、現在の場所に移築して復元されました。

見どころ
ぜひ見ておきたいのがバルコニーです。ここには流水の上に龍が躍り、わき立つ雲の上で天使が校名の額を支えているという彫刻があるのです。またこのような彫刻は内の唐戸や洋灯の吊元にもあります。目立つ場所には高価な輸入品の色ガラスが使われています。校舎では2500枚もの色ガラスが使用されていて、ギヤマン学校という愛称で呼ばれていました。この学校の建築デザインは周囲の学校にも影響を与えており、全体の構成や塔の姿、石壁のように見える漆喰の腰壁などは同じように作られています。
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旧開智学校へは車であれば長野道松本ICから15分ほど、徒歩であれば松本駅から25分、松本城からは北へ10分ほどの距離です。国の重要文化財の一つで、明治時代初期の洋風校舎です。この学校は文明開化時代の小学校の建築を代表する建物としてよく知られています。木造で、構造は桟瓦葺と寄棟2階建土蔵造りになっています。中央に東西南北の風見がある八角塔が高く立っており、それぞれの窓に舶来のギヤマンを取り付けてあるのが特徴です。